大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)510号 判決

控訴人

十方寺

代理人

志村桂資

大石五郎

被控訴人

常瑞寺

代理人

斎藤栄一

主文

本件控訴を棄却する。

被控訴人の原判決添付目録記載の土地に対する地上権の存続期間を昭和二三年七月一六日から五〇年と定める。

当審における訴訟費用はこれを二分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し原判決添付目録記載の土地を明け渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言ならびに被控訴人が右土地の地上権を有すると認められる場合につき予備的に、右地上権存続期間確定の裁判を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、次のとおり付加、補正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴代理人は、次のとおり述べた。

(一)、地上権に関する法律は、同法律施行前他人の土地において工作物または竹木を所有するためその土地を使用する者に関する推定規定であるところ、墓は、工作物であつてもその所有権は墓地経営者にあるのではなく、当該埋葬檀家に存するのであるから、被控訴人はみずから墓を所有するため本件土地を使用してきたものとはいえず、したがつて埋葬檀家が地上権者として推定されることはありえても、被控訴人が地上権者と推定されるわけはない。

(二)、被控訴人のした境内地の墓地転換は、かねて被控訴人に対して本件土地の返還を求めていた控訴人の示唆によつてなされたものであり、被控訴人は右墓地転換がなされれば本件土地上の墓を他へ移転してこれを控訴人に返還する旨申し述べて墓地転換についての承諾を求めてきたので、控訴人は、永年の懸案が解決するものと考えて欣然右申し入れを承諾したものである。

(三)、かりに被控訴人の本件土地使用が地上権の推定を受けるとするならば、右地上権は存続期間間の定めのないものであり、したがつて、民法施行法四四条の趣旨に鑑み、おそくとも民法施行の日から五〇年を経過した昭和二三年七月一六日をもつて存続期間が終了したものと解すべきであり、もしそうでないとすれば、右法条および民法二六八条二項に基づきその存続期間を定めるよう請求する。

二、被控訴代理人は、次のとおり述べた。

(一)  みずから工作物または竹木を所有しなくても、他人に該土地を賃貸し他人をしてその地上に工作物または竹木を設けさせもつてその土地の使用をなさしめる者も、地上権に関する法律による地上権者の推定を受けうるのであり、まして、宗教法人は、寺と檀家とが一体となつて墓地を使用するのみならず、宗教法人自身も現実に墓碑、竹木を所有しているのであるから、地上権者としての推定を受けうるのは当然である。

(二)、地上権に関する法律は、明治三三年四月一六日以前に他人の土地において工作物または竹木を所有するためその土地を使用する者を、使用貸借、賃貸借、転貸借のいずれとを問わず、また永代使用、一時使用のいずれとを問わず、一応地上権者と推定するものであり、右推定に不服のある者は右法律施行後裁判によつてこれを是正させることとしたのであるが、控訴人は、被控訴人が明治二九年から本件土地を使用しているのに、しかも本件土地と隣接する地域にありながら、当時なんらの不服をも述べなかつたのであり、これは被控訴人が本件土地の地上権者たることを承認していたからにほかならない。

(三)、被控訴人は、その境内地を墓地に転換する際に隣地の所有者から承諾書を徴するにあたり、なんらかの条件を望む者に対してはその条件を記載したうえ承諾書に署名押印を得たが、控訴人先代はなんらの条件も付さず、被控訴人の求めに応じて快よく署名押印したのであり、また、控訴人先代存命中被控訴人との間になんらの紛争も起きていないことは、墓地転換の承諾に関して控訴人主張のとおりの約定がなされなかつた証左である。

三、証拠〈略〉

理由

一、本件土地がかつて控訴人の所有であつたことおよび被控訴人が現に本件土地を墓地として使用して占有していることは当事者間に争いがない。

二、被控訴人は、本件土地が控訴人の所有ではなく、控訴人から長泉寺を経て被控訴人へと順次譲渡され現に被控訴人の所有に属すると主張するから考えるに、〈証拠〉によれば、長泉寺はかねて土葬可能の墓地を所有していなかつたところ、明治六年太政官布告により火葬が禁止されたため、明治七年監督官庁の許可を得て、控訴人から本件土地を含む控訴人所有の墳墓地八〇坪(264.46平方メートル)の無償使用を許され、その後これを同寺の埋葬墓地としていたこと、聞成寺もその頃長泉寺と同様に控訴人から本件土地付近の墳墓地八〇坪(264.46平方メートル)の使用を許されたこと、本件土地については明治一二年二月五日東京府から控訴人に対して持主を控訴人として地券が交付されたこと、長泉寺および聞成寺は明治八年に火葬の禁止が解かれた後も右各墳墓地を使用していたこと、他方、被被控訴人は明治二九年頃まで東京市芝区金杉浜町五三番地にあつたが、同町六四番地所在の被控訴人所有の墓地の一部が火災後の市区改正により道路敷となることになつたので、被控訴人は同年六月二三日長泉寺から被控訴人の檀家のための墓地として本件土地を「永代使用」することを承諾され、その頃同所に墓碑等を移転し、以後被控訴人において本件土地を被控訴人の檀家のための墓地として使用していること、被控訴人はその頃本件土地に隣接する東京市本郷区駒込蓬莱町四三番地の宅地ならびに同町四四番地の宅地および同地上の家屋を買い受け、同年八月八日付で東京府知事の許可を受け、同月頃同所に被控訴人寺院を移転したこと、被控訴人は右六月二三日長泉寺に対し本件土地の使用料名義で一五〇円を支払つたことおよび聞成寺は大正三年にいたり控訴人から使用を許されていた前記墳墓地を控訴人に返還し、また長泉寺も昭和一〇年にいたり控訴人から使用を許されていた前記墳墓地中被控訴人が使用中の本件土地を除いた部分を控訴人に返還したことが認められる。右認定事実によれば、本件土地は長泉寺が控訴人から譲渡を受けたものではなく、かえつて、長泉寺は控訴人から本件土地の無償使用を許されたにすぎないものであつて、本件土地の所有権は現に控訴人に属するものということができる。もつとも、〈証拠〉によれば、被控訴人が長泉寺に支払つた前記使用料名義の一五〇円は、本件土地の面積を五〇坪(165.28平方メートル)あるものとして支払つたものであつて、一坪(3.30平方メートル)あたり三円であり、坪あたり単価は右移転に際し被控訴人が買い受けた前記駒込蓬莱町四三番地の宅地九五坪(314.04平方メートル)の代金三〇〇円、同町四四番地の宅地一一五坪(380.15平方メートル)および同地上の家屋二四坪七合五勺(81.81平方メートル)の代金四七〇円にほぼ匹敵する金額であつたことおよび被控訴人はその後控訴人または長泉寺に対して使用料、地代等の金員の支払をしていないことが認められるが、右事実も本件土地の所有権の帰属に関する前記判断を覆えすに足りるものではない。

三、次に、被控訴人の本件土地について地上権を有する旨の主張について考えるに、控訴人が長泉寺との間に本件土地につき地上権設定契約を締結したことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人が長泉寺から本件土地の地上権を譲り受けた旨の主張は、前提を欠くに帰するものであつて、採用するに足りない。しかし、前記認定したところによれば、被控訴人は明治二九年以降控訴人所有の本件土地を墓地として使用してきたのであるから、明治三三年四月一六日施行された「地上権ニ関スル法律」の施行以前から墓碑等墳墓のための工作物を所有するため本件土地を使用する者にあたり、したがつて、被控訴人は同法一条により反証のないかぎり本件土地について地上権を有するものと推定されるべきである。控訴人は、墳墓の所有権は檀家に属するから、檀家が地上権者と推定されるのであれば、格別、被控訴人が地上権者たりうるわけがないと主張する。当審における被控訴人代表者本人尋問の結果(第二回)によれば、被控訴人が檀家に対して本件土地に墓石などを設置させており、右墓石の所有権は檀家に属することが認められる。しかし、前記「地上権ニ関スル法律」施行の当時被控訴人が檀家に対して本件土地を区画してその使用権を譲渡していたことは、これを認めるに足りる証拠がないのみならず、右本人尋問の結果によれば、前記法律施行当時すでに本件土地上に被控訴人の歴代住職の墓および先々代の墓があり、これらが被控訴人の所有に属するものであることならびに本件土地上に無縁仏の墓が存在し被控訴人がこれを管理していることが認められるのであり、右事実をあわせ考えれば、右法律施行当時、被控訴人は控訴人に対する関係で本件土地につき墓地経営のため包括的な使用権を有していたのみならず、みずからも墳墓所有のため本件土地を使用していたものであり、各檀家は被控訴人の右使用権に依拠してその各区画された部分に墳墓を所有し右部分を墓地として使用していたものと解するのが相当である。してみれば、被控訴人が右法律の施行とともに本件土地の地上権者としての推定を受けることになんら妨げはないものというべきであるから、控訴人の右主張は理由がない。

そこで、次に、前記推定を覆えす反証となるべき事実の存否について考えるに、控訴人は被控訴人が本件土地につき一時使用の目的による使用貸借上の権利を有するにすぎない長泉寺からこれを控訴人に無断で転借したものであると主張し、前掲乙第一および第四号証中には、被控訴人の本件土地使用が長泉寺からの借受もしくは借地によるものである旨の記載があるが、右記載から直ちに控訴人の右主張を認めることはできず、ほかに右主張を認めるべき証拠はない。かえつて、前記認定のように、長泉寺は控訴人から無償で本件土地を含む墳墓地の使用を許され、その後本件土地を除いた残余の部分を控訴人に返還するまでに約六〇年を経過しており、また聞成寺が控訴人から使用を許された墳墓地を控訴人に返還したのも約四〇年を経過した後であつたのであり、さらに本件土地が控訴人方に隣接した位置にあることは当事者間に争いがないから、被控訴人が長泉寺に代わつて本件土地を墳墓地として使用すれば控訴人としては直ちにこれを知り得たものというべきところ、被控訴人がその使用を開始するにあたつて控訴人の承諾を得たことおよび控訴人が被控訴人の右使用についてその頃異議を唱えたことを認めるべき証拠のないことをあわせ考えれば、控訴人の右主張はこれを否定せざるを得ない。そして、ほかに右推定を覆えすに足りる主張立証のない以上、被控訴人は本件土地の地上権者と推定すべきである。

控訴人は、昭和二六年六月被控訴人との間にその所有の境内地の墳墓地への地目変更を条件として本件土地の地上権を消滅させる合意が成立したと主張し、〈証拠〉によれば、被控訴人所有の境内地四筆が昭和二六年九月一四日墓地に地目変更されていることは明らかであるが、右地目変更を条件とする本件土地の地上権消滅の合意がなされたことについては、当審証人植原四郎の証言ならびに原審および当審における控訴人代表者本人尋問の結果中、右主張にそう部分は、(墓地拡張申請に対する承諾書)になんら右合意に関する記載のない事実ならびに原審および当審における被控訴人代表者本人尋問の結果に照らして、たやすくこれを採用しがたく、ほかに右主張を認めるに足りる証拠はない。したがつて控訴人の右主張は失当であり、本件土地明渡の請求は理由がない。

次に、控訴人は、もし被控訴人が本件土地の地上権者と推定されるならば、存続期間の定めがないからこれを定めることを請求すると主張するから考えるに、右地上権が存続期間の定めのないことは前記認定したところにより明らかであるから、裁判所としては、当事者たる控訴人の請求により、民法施行法四四条、民法二六八条二項の規定に従い、同条所定の諸事情を斟酌して、その設定の時から二〇年以上民法施行の日より五〇年以下の範囲内においてその存続期間を定めるべきものであるところ、民法施行の日から五〇年を経過した日は昭和二三年七月一六日であり、したがつて、すでに右同日を経過していることが明らかであるが、このような場合には、裁判所はまず設定後二〇年ないし民法施行後五〇年の範囲内において存続期間を定めるとともに右期間経過と同時に暗黙で地上権が設定されたものとみなし、同日からさらに二〇年ないし五〇年の範囲内において存続期間を定めるべきものと解するのが相当である。そこで、本件土地が墳墓地として使用されていることその他被控訴人が本件土地を使用するにいたるまでの事情ならびに本件土地をめぐる控訴人、被控訴人および長泉寺間の交渉の経緯等に関して認定した前記諸事実をあわせ考えれば、被控訴人の本件土地に対する地上権の存続期間は民法施行後五〇年を選んだうえ、右期間を経過した昭和二三年七月一六日から五〇年と定めるのが相当である。

六、よつて、控訴人の本件土地明渡請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条に従いこれを棄却することとし、控訴人の請求に基づき、本件土地の地上権の存続期間を主文第二項のように定めることとし、当審における訴訟費用の負担につき、同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(西川美数 園部秀信 森綱郎)

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